2009年06月17日

アイガー (Eiger) は、ベルニーズアルプスの一峰で

アイガー (Eiger) は、ベルニーズアルプスの一峰でスイスを代表する山。ユングフラウ、メンヒと並び、いわゆるオーバーランド三山の一つ。標高、3,975 m。アイガー北壁は、高さ1800mの岩壁で、グランドジョラスのウォーカー側稜(ウォーカーバットレス・北壁)、マッターホルン北壁とともに困難な三大ルートの一つとして知られ、三大北壁と呼ばれている。1935年?1958年までに25回の登頂が試され、死者は15名に及んだものの、13回67名が登頂に成功している。
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1858年、チャールズ・バリントンが初めて登頂し、1871年南西稜が、1876年南尾根が登られ、唯一つ北東山稜だけが残った。この北東山稜は1921年夏、日本の槇有恒の隊によって初めて登られた。
その成功はアルプス登山史上に一期を画しただけでなく、日本の登山に大きな影響を与えたという点でも高く評価できる。

アイガー北壁の登頂歴 [編集]
1935年8月21日 マックス・ゼドゥルマイヤーとカール・メーリンガーが史上初のアイガー北壁挑戦を試みるも、第2雪田と第3雪田の間で遺体で発見される。それ以降、この場所は「死のビバーク」と呼ばれるようになった。
1936年、ドイツのアンドレアス・ヒンターシュトイサーとトニー・クルツ、オーストリアのエディー・ライナーとヴィリー・アンゲラーが挑み、死のビバークの先の難しいトラバース(ヒンターシュトイサー・トラバース)に成功、しかしザイルを回収してしまったことが仇となって悪天候とアンゲラーの負傷の際に退却できず、何とか脱出を試みるもクルツを除く3人が墜落などで相次いで死亡、クルツもザイルにぶら下がったまま救助隊のわずか数m上で力尽きた。
1938年7月24日 アンデレル・ヘックマイヤー、ルートヴィヒ・フェルク(ドイツ人隊) ハインリッヒ・ハラー 、フリッツ・カスパレク(オーストリア人隊)がアイガー北壁初登頂。両隊は登頂開始時は別々のパーティだったが、後から登頂に挑んだドイツ人隊がオーストリア隊に追いついた時点で同一パーティを組み、初登頂に成功した。
1963年 芳野満彦らが日本で初めてアイガー北壁に挑む
1965年8月16日 高田光政が日本人初登頂
登頂まであと300mと言うところでパートナーの渡部恒明が墜落・負傷したため救助を求める際に山頂を経由した際に達成、しかし渡部はその間に謎の墜死を遂げた。一説には骨折の痛みと孤独に耐えきれずに自らザイルを解いたとも言われている。これをもとに新田次郎は「アイガー北壁」という小説を書いている。
1969年8月15日 加藤滝男・今井通子・加藤保男・根岸知・天野博文・久保進(夏期世界初直登)
冬期直登ルートが夏場通れないため、「赤い壁」を経由、現在でも最短直登ルートとして名が残っている。加藤滝男が山頂直下でザイル無しで墜落したが運良く固定ザイルに引っかかって九死に一生を得た。
1970年1月27日 森田勝・岡部勝・羽鳥祐治・小宮山哲夫(アイガー北壁冬季日本人初登頂)
1977年3月9日 長谷川恒男 (アイガー北壁冬季単独初登頂)

2009年05月31日

哀宗 (金)

哀宗(あいそう)は金の第9代皇帝。改名後の諱であえう守緒の“緒”は糸端の意味で“統”と同様で皇室を守るニュアンスがあった。なお、廟号に関しては当初は混乱して義宗(ぎそう)と称された時期もある。現在の廟号に統一されたのは、元代初期であると考えられている。長兄は皇太子の守忠、次兄は濮王(後に荊王)の守純である。
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初め遂王・殿前都点検使に任命される。貞祐4年(1216年)に太子であった長兄の完顔守忠が早世し、代わって皇太子に立てられ枢密使に任じられた。1233年(元光2年)、宣宗の崩御に伴い即位した。この時期は領域北部をモンゴル帝国に奪われて、都もモンゴル軍を避け汴州(開封)に遷されていた。金は同じくモンゴルの圧迫を受けている西夏との同盟によって活路を見出そうとするが、1227年(正大4年)に西夏が滅亡すると、金は再びモンゴル軍の攻撃目標となった。完顔陳和尚の活躍で一時はモンゴル軍を撃破したが、1231年(正大8年)に金軍の拠点であった河中府(現在の山西省永済市)が陥落、翌年には遂に都城である汴州がモンゴル軍によって包囲されるに至った。金側は何度かモンゴル軍に対し和議を申し出たが、弟のトルイを金との戦闘中に失ったモンゴル帝国の大ハーンオゴデイは哀宗を弟の仇敵として一切の交渉を拒否した。追い詰められた哀宗は翌年に汴州を脱出、帰徳(現在の河南省商丘市)、亳州(現在の安徽省亳州市)、蔡州(現在の河南省汝陽市)へと逃亡するものの、モンゴル軍による追撃は続き、1234年(天興3年)に北のモンゴル軍、南の南宋軍によって蔡州城を完全に包囲された。進退窮まった哀宗は軍の統帥であった皇族の完顏承麟(女真名・呼敦、末帝)に皇位を譲り、城中の幽蘭軒において自ら縊死した。

哀宗の死からわずか半日後、モンゴル・南宋連合軍の攻撃によって蔡州城の金軍は全滅、金はここに滅亡した。

2009年04月28日

世における戦乱が終息

ヨーロッパ史の中世における戦乱が終息した理由の一つとして、民族国家の台頭があげられる。日本でもよく指摘される論であるが、文化や価値観を共有する共同体としての国家が成立することは、領内の安定に繫がるとされる。

例えば、アフリカ諸国の国境は、旧植民地宗主国の都合で設定された為、国と民族の統合性を欠き、これがアフリカ諸国の政情不安定の一因である事をよく指摘される。特に、近代に出現した民主主義は一面的には多数決制である為、国内において多数派を形成し得ない少数民族にとって不利な制度であり、これが少数民族の独立運動、ひいては内戦の原因となっている事も指摘される。

また、アフリカ人の奴隷を多量に輸入したアメリカや戦後に多くの移民を安価な労働者として受け入れたヨーロッパ諸国では、これらの少数民族の住居地区の多くがスラム化している。これらのスラムは、高い失業率と犯罪率による治安の悪化、インフラ維持による財政負担、また場合によっては大規模な暴動の発生源となる場合がある他、近年のコソヴォやグルジアのように、これらの少数民族が独立運動を起こすことによって国家主権が脅かされる事例も存在する。

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しかしながら、どの国においても少数民族や外国人がたとえ少数ながらも存在しており、国政に多数派の価値観や文化や利権が組み込まれると結果として少数派には不公平な状態、あるいは少数派民族の人権が著しく損なわれる事態が発生することが問題点として指摘されている。

その最も極端な例がドイツに出現したドイツ第三帝国で、ナチスが独断で決定したドイツ民族の定義に見合わないドイツのユダヤ人、ジプシー、同性愛者、障害者が多量に虐殺されただけでなく、東欧への侵攻の際に、膨大な数の東欧の住民が虐殺されている。またこれほど極端でなくとも、民族主義に基づき、少数民族の人権を軽視、あるいは弾圧する国家が存在する。

日本のように、歴史や地理上の条件から自然に単一民族国家が形成された国でも、単一民族国家という言い方が少数民族の軽視につながるとして、単一民族国家という言葉・概念が批判的にとられることもある。日本での「単一民族国家思想」への代表的な批判者としては、小熊英二が挙げられる。


現在では近代文明の発展に伴う移民の増加により、あらゆる国で多民族化が進んでいる。これらの少数民族の存在が国政の安定を脅かすのではないかという危惧は、多くの国で議論されている。

ヨーロッパでは他の人種や民族を平等に扱うことを、人権や自由・平等主義の観点から奨励しているが、イスラム教は自由主義や人権主義と相容れないものではないかとの危惧が存在する。右翼や保守の論客はヨーロッパが「ユーラビア」(ヨーロッパとアラビアの合成語)に変質すると警鐘を発するものが多い[要出典]。

このような課題の対策として、文化的同化政策を実施している国もあれば、人種や民族や文化にとらわれない価値観によって国の基礎を固めようとする国も存在する

2009年04月12日

宇宙開発

宇宙開発(うちゅうかいはつ、space development)は、宇宙空間を人間の社会的な営みに役立てるため、あるいは人間の探求心を満たすために、宇宙に各種機器を送り出したり、さらには人間自身が宇宙に出て行くための活動全般をいう。

人類が宇宙空間へ進出する宇宙開発の構想としては、19世紀にはSF作家のジュール・ヴェルヌの小説に描かれた砲弾宇宙旅行などがあるが、実現化を目指した研究として、1903年にはロシアのコンスタンチン・E・ツィオルコフスキーが、液体燃料型多段式ロケットや人工衛星、惑星への殖民など宇宙開発の基礎技術を提言した。アメリカでは1926年に、ロバート・ゴダードによる液体燃料ロケット打ち上げが成功している。ドイツでは、1923年にヘルマン・オーベルトがロケット推進に関する実証的理論を提言し、1927年には財団法人としてVfR(宇宙旅行協会)が設立される。

その後、世界恐慌などの影響で宇宙開発の研究は資金不足に陥る。宇宙旅行協会も1934年には散会するが、ドイツでは1929年に陸軍兵務局がロケット兵器の開発に着手し、協会にも所属していたヴェルナー・フォン・ブラウンやオーベルトらが中心となり、1942年には液体燃料を使ったロケット兵器の開発に成功。第二次世界大戦においてはV2ロケットなどが実戦でも使用された。大戦におけるドイツの敗色が濃厚になると、フォン・ブラウンらロケット技術者はアメリカへ投降し、原子爆弾の開発でアメリカに遅れをとっていたソ連も科学者やロケットの実物、資料などを接収し、ドイツで培われたロケット技術は戦勝国へ引き継がれた。

<1950年年代後半から現在までの宇宙開発の歴史の詳細は宇宙開発競争を参照>

日本の宇宙開発 [編集]
日本の宇宙を目ざしたロケット研究は1955年、東京大学生産技術研究所の糸川英夫のグループによるペンシルロケットに始まる。このロケットで発射実験を繰り返して、ロケットの基本的な特性を明らかにしていった。その後これはベビーロケット、カッパロケットへと発展する。

1957年に始まった国際地球観測年の事業としてカッパロケットによる高層大気観測が承認され、これを契機にカッパロケットが日本の観測ロケットとして用いられることとなった。そして1964年宇宙科学研究のための全国大学共同利用研究所として宇宙航空研究所が誕生、科学衛星計画を担当することになりこれまでの観測ロケットはすべてこの研究所が引き継ぎ、新たにミューロケットの開発が始まった。1970年2月日本初の人工衛星「おおすみ」がラムダ4S型5号機によって打ち上げられた。この結果、日本はソビエト連邦(当時)、アメリカ合衆国、フランスについで世界で4番目の人工衛星打上げ国となった。その翌年にはミュー4S型ロケットにより科学衛星の1号「しんせい」が打ち上げられて、科学衛星による観測が本格的に始められた。

一方人工衛星の実利用面では、1969年10月に宇宙開発事業団が発足。実利用分野の人工衛星計画とこれを打ち上げるロケットの開発を担当することになった。電離層観測衛星はその第1の目標で、このためのロケットとして、アメリカのソーロケット技術をベースにしたNIロケットが開発され、技術試験衛星「きく」、電離層観測衛星「うめ」などが打ち上げられた。

非関税障壁の是正をもとめ「スーパー301条」による制裁を行うとのアメリカ合衆国よりの外交圧力により、1990年4月に日本政府の調達についても海外からの参入の自由化が行われた。とりわけ、宇宙産業ではアメリカ合衆国の企業が世界的に技術的優位にあり、安価な製品を提供できる地位にあった。その結果、政府調達の実用衛星(通信衛星、放送衛星、気象衛星など)はアメリカ合衆国から調達する結果となった。国内の三菱電機、NEC、東芝などの国内衛星メーカー3社は大きな打撃を受けた。

2003年10月1日付けで日本の宇宙開発3機関(文部科学省宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団)を統合して宇宙航空研究開発機構が設立。現在H-IIロケット、PLANET計画、スペースプレーンなどの計画が存在する。

2008年5月21日に宇宙基本法が成立した。これによって宇宙開発が非軍事から非攻撃に変更され、安全保障上のくびきから解放された。法施行から1年後をめどに内閣府に「宇宙局」(仮称)を設け、これまでの科学技術振興の観点のみから文部科学省が主導していた宇宙開発に、安全保障や産業振興の方向からも宇宙政策を総合的に進めることが可能となった。これにより、軍事目的に利用可能な技術の移転の可能性のある国(主にアメリカ合衆国)への製品の輸出も可能となる。

宇宙開発の将来 [編集]
宇宙利用としてはいまだ小規模なものであるが、注目されているものの一つに太陽発電衛星がある。これは静止衛星軌道上の人工衛星で太陽熱を利用して100万?1000万kWの電力を発電し、それを地上へマイクロ波などによって送電しようというものである。

人工衛星には、超小型衛星から、5kmないし20kmの大型のものまでがある。大型衛星を建造する為には、画期的な衛星打ち上げ技術が必要であるとされ、SSTOや軌道エレベーター等の研究が進んでいる。このほか、地球の資源よりも月の資源を開発したほうが運搬が容易であるとして、将来的には月の資源を宇宙空間で、太陽エネルギーによって精錬するという新しい技術が登場する可能性がある。また、これを発展させると月だけでなく、小惑星を鉱物源として利用することができ、大量に資材が加工できるようになると宇宙空間に大都市を作ることも可能になる。

国別衛星打上げ個数 [編集]
世界の衛星等打上げ累計個数は、2006年12月末時点で5736個。CISと米国だけで約88%を占める。日本は119個で世界第3位に付ける[1]。なお、商用衛星の国際市場の競争は激しく、インドのISROは2008年4月29日、国産地球観測衛星2機と日本の小型衛星2機を含む世界5カ国の小型衛星8機の計10機を、国産ロケット「PSLV-C9」で打ち上げることに成功した。同国はまた、2007年にイタリアの天文観測衛星を打ち上げている。

ミネア あさひか ストレ マッチ アック 繊細 せいじゅ パワーサプ ランドロ ステイ ヒート メキシコ エグゼ べにあか センリョウ アーバン オーバ ロッキード やっこだこ パターン カピバラ アフガン サーボモ メリー 望郷の月 じゅご リンガ モルデ パトス キャンサド ティン デジタル ネクスト ノーショー コンファー ビオチ クレーション フィーマ カーラジオ バビア ナビノニ やまんば デーゲーム 世界の家 ブービー ドゥク サイダ ジャージー ベンダー フレーター

2009年03月28日

女性学

女性学(じょせいがく、Women's studies)とは、男性中心の視点にとらわれた既存の学問のあり方を批判し、女性の視点から問い直す研究。新しい学際的な研究分野のひとつとされる。女性、フェミニズム、ジェンダーや性をめぐる政治学などをテーマとする。しばしば女性論、女性の歴史、社会史、女性の執筆した文学、女性の健康なども扱い、社会学から思想史、文芸評論、心理学までにまたがった人文科学的、社会科学的な研究が展開される。

女性学は、当初1960年代、フェミニズムの第一波が政治的な影響力をもったグループとして大学紛争の中で台頭してきた時に、他の学術領域からやや特記され区別されたかたちで登場し、1970年代に至り、多くの大学で女性学についての科目や講座が設けられるようになった。

そして1996年4月、城西国際大学が日本で最初の女性学専攻の大学院を開設した。

女性学の近況 [編集]
近年、性の受容、性の自己決定から男性と女性の性差と心的能力の違い、家族問題、雇用条件、女性のライフプランなどの問題がクローズアップされている。

女性学への批判 [編集]
性差と平等のジレンマに関する、女性学のイデオロギー的な側面についての批判や論争が発生している。また、女性学上での「家族」や「育児」に関する記述は、常にシニカルかつネガティブであり、これらを男性による女性の封じ込めとの否定的認識を示すことが多い。

また、公民館などにおいてカルト的な勧誘手法(フェミニズム講座であることを巧みに隠すなど)で専業主婦を集め、「働けイデオロギー」を刷り込んでいる、などの批判を受けている

サイコロ セリクー クイズ ビアンコ ナビ淡竹 チャーイ バッスル グリーン ナルコ スランプ カナメモチ しおで 満月アナタ ジバン フィーバ ジーメン コシア 虹の橋 透明人間 アスキー プラスタ パイプオ ゲスケル 鯉のぼり ガラシ シーリング スイート ハネムーン 北の旅人 ワイファイ スキッド ビンゲン ション マサキ トンキロ レシー サヘル スリット レッシブ ナイス ブローチ フレー リスト ナビメリノ ジャズ フェンス りっさ サード だむら ターゲット

2009年03月12日

アランフエス

アランフエス(Aranjuez)は、スペインの都市。スペイン中央のマドリード州南部に位置する。タホ川に沿って広がり、ハラマ川との合流点がある。首都マドリードから南に48km。

スペイン王室の宮殿と庭園が有名で、世界遺産にも登録されている。また、ロドリーゴの楽曲アランフエス協奏曲でもその名を知られる。
バット ジュズダマ はないかり マグカップ しょうぶ ブロックバス ゲンスト マジカ カムアウ 国内山芋 スケーラ ゼロサム テナン ヨルムン こだま NEW世界 スカト オポッ フォーク シャンプー カヤック ネイチャー バイト ゲンタマ クヌギ リドール マット キャンバ ランド スリッパ てのひら ムーラン ヌバック リップミル ハーケン 高原の月 きつきみ ブイアイピ リトアニ キニン 笠だけ レサー モント サンザシ あかさ スダイヤ いたけ ツーピース ワカ フィリピン

アランフエスの地名はバスク語由来という説がある。ラファエル・ラペサはバスク語の「アランツァ」(サンザシ)という説を示しているが[1]、「アラン」(谷または同音異義のプラム)かもしれない。アラビア語の「イブン・アランケジュ」(クルミの生える所)という説やラテン語の「アラ・ヨウィス」(ジュピター神殿)という説も唱えられている[2]。7世紀の文献には「アラウス」や「アランス」という名前で現れ、「アランスエケ」などと呼ばれた後に、15世紀に「アランフエス」に落ち着いた。

1085年にアルフォンソ6世がトレドを征服した後も、アランフエスはカスティーリャ王国とイスラム諸国の間で争奪が行われた。1178年に最終的に征服され、アランフエスはサンティアゴ騎士団に与えられた。15世紀末、カトリック両王によって王室の土地とされた。1561年、フェリペ2世の命により宮殿の建築が始まった。18世紀のフェルナンド6世によってアランフエス市が生まれたが、当時に住んでいたのは宮廷関係者だけであった。

1808年、宰相ゴドイの支配に対してアランフエス暴動(en)が発生した。これによってゴドイが失脚、カルロス4世が退位し、フェルナンド7世が即位するが、ナポレオンの介入によってジョゼフ・ボナパルトがスペイン王となった。

1851年、スペインで2番目となる鉄道(イチゴ列車と呼ばれる)がマドリード・アランフエス間に開通し、マドリードの近郊都市として産業が発展した。

王宮と庭園
アランフエスの王宮(en)は、16世紀にフェリペ2世の命で建設が始められたものである。設計は、エル・エスコリアルと同じくフアン・バウティスタ・デ・トレドとフアン・デ・エレラによる。18世紀のフェルナンド6世の治世に完成し、カルロス3世によって拡張された。

王宮からタホ川に沿って広がる庭園(es)は、森や庭からなり、多くの泉や像で飾られている。王宮正面の「パルテレ庭園」、タホ川と人口の川に囲まれた「島の庭園」、タホ川に沿って延びる150haの「王子の庭園」などからなる。かつては王室の農業試験場でもあり、スペイン黄金時代に世界から集めた植物が栽培されていた。


2009年02月24日

飛べ!イサミ

丘イサミ、月影トシ、雪見ソウシの三人は幕末に活躍した新撰組の子孫。ある日、花丘家の蔵で新撰組の秘密基地を発見し、光を放つ不思議な剣を手に入れた。そして、世界征服と花丘魁博士(イサミの父)の誘拐を企む悪の秘密組織「黒天狗党」と戦っていく。
初期は少年探偵ものの方向性で、「しんせん組」で巷で起こる事件を追い、主にイサミが剣を用いて悪党と戦うという内容だった。中盤から黒天狗党が本格的に暗躍し始め、しんせん組もパワーアップを果たして「ヒーローもの」の方向にシフトしていく。

新撰組発明係とその子孫
幕末の新撰組の別働隊。花丘家・月影家・雪見家の先祖である。 人の精神力をエネルギーに変える鉱石・ルミノタイトを研究、3つの武器を発明した。カラクリ人形に仕込まれたフィルムでメッセージを伝えるが肝心なところでフィルムが終わってしまう。

花丘一作
声 - 掛川裕彦
月影十郎
声 - 石井康嗣
雪見千助
声 - 梅津秀行

しんせん組
花丘イサミ
声 - 中嶋美智代(現:中嶋ミチヨ)
本作の主人公。小学5年生の帰国子女。ボーイッシュな女の子。大江戸小学校に転校生としてやってきた。勉強・スポーツは得意だが母似で絵が下手。自宅の蔵から発見した龍の剣(りゅうのつるぎ)を振るって戦う。通常、剣は六角形の柄の部分しかないが、発動時は光の刃が現れる。
初期は3人で掛け声を叫ぶことで剣を発動して、イサミが敵と戦闘を行っていた。剣で斬られた相手はシビレて動けなくなり、一部の記憶を失う。
後に「龍の印は正義の印、この世に悪がある限り、天に代わって悪を断つ、新選組参上!!」の部分はしんせん組参上のときの決めゼリフへと代わった。
名前の由来は近藤勇。
月影トシ
声 - 亀井芳子
イサミのクラスメイト。初対面だったイサミの胸を誤って触ってしまって以降、イサミとはいがみ合うことが多い。「バーチャル戦隊 ガンバマン」の大ファンだが、「魔法の妖精 ラブリン」といった女児向け番組もこっそり見ている。ことわざを時々、口にするが大抵は間違える。
中盤以降では龍の目を使用して戦うようになった。大きめのスーパーボール程度のサイズだが、発動時は光が外殻部分を形成する。外殻の大きさを変えて野球ボールのように投げて使用するときと、サッカーボールのように蹴って使用するときがある。
名前の由来は土方歳三。
雪見ソウシ
声 - 日高のり子
イサミのクラスメイト。冷静沈着だがキザで女好き。美人を見ると見境なく言い寄り、どこからともなく薔薇を取り出し差し出す。その反面、女性に関して悲惨な目にあうことも多い。「恐るべし、○○○」という言い回しで場を締めることが多い。中盤以降では龍の牙を使用して戦う。普段は根元が四角い2本の牙だが、発動時は2つを光がつなぎ弓の形状をなす。
名前の由来は沖田総司。
月影ケイ
声 - 三田ゆう子
トシの弟。好奇心旺盛な幼稚園児。三輪車でいつも移動しており、自転車で行動する3人からは置いてけぼりを食らうことも多い。しかし持ち前の機転でイサミたちのピンチを救ったこともある。先祖の遺したからくり三輪車が登場してからは、それで速く移動したり空を飛んだりできるようになった。兄と同じくガンバマンの大ファンであり、魁が変装したガンバマンキングに助けられてから彼に憧れるようになった。。
名前の由来は山南敬助。

花丘家
花丘邸は近所では「三丁目のお化け屋敷」と呼ばれている。

花丘観柳斉
声 - 北村弘一
イサミの祖父。玲子に変わって家事全般をこなし、料理も得意である。クマのぬいぐるみが大好きで「大江戸クマさん友の会」の会員でもある。また、武術にも長け、剣(ハリセン)では複数のカラス天狗を簡単に倒し、槍では鎧天狗と渡り合い見事勝利している。たまに浪曲をやったりし、魁も聞かされたことがあるらしい。
終盤では「謎の人物『怪傑白頭巾』」となって、しんせん組を助けて黒天狗党と戦う。本人はあくまで「謎の人物」と言い張っているが、どこからどう見ても観柳斉なので、敵味方問わず正体はバレバレである。(変身(変装?)自体はしんせん組と大差ないので、若干の不公平感はあるが。)
名前の由来は武田観柳斎。
花丘玲子
声 - 井上喜久子
イサミの母親。ニュースキャスターであり、「花丘玲子のおはよう7」のメインキャスターを務める。しっかりした母親であるがどこか少々抜けたところがある。料理が苦手だった(不気味な色の料理を作る)が克服したのか、最終話では(見栄えは非常にいい)ご馳走を作っている。
花丘魁
声 - 石井康嗣
イサミの父親。ルミノタイトを研究していた物理学者。黒天狗党に追われているため正体を隠すべく顔にミイラのような包帯、目にサングラス、頭に黒い帽子、全身にはコートと完全に誰だかわからない、しかしどこか怪しい格好をしている。瑠美野流忍術の修行を積んでおり、戦闘のスキルも非常に高い。前半では、(イサミの誕生日にバラを贈っていたことから)「野ばらの男」と名乗っていた。イサミ達のピンチの際にガンバマンキングに変装して現れることもあった。
木登りが得意で、花丘邸が見える丘の木の上から1人つぶやく場面が多かった。
名前の由来は島田魁。
坂本数馬
声 - 小野健一
イサミの叔父(玲子の弟)。独身。大江戸警察の刑事である。様々な事件を追うもイサミ達にヒントをもらったりなど少々頼りない。はるかに惚れており熱心にストーカー同然のアプローチするが、ことごとく空回りしている。「捜査のついで」の名目でたびたび花丘家に飯を食いに来る。後半はルリ子にもほれていた。
名前の由来は坂本龍馬。

月影家・雪見家
月影家
父親の泰之は「芹沢ジャパン」に勤務している課長。

月影泰之 声 - 掛川裕彦
月影園絵 声 - 堀越真己
雪見家
「雪見堂」という本屋である。

雪見栄助 声 - 梅津秀行
雪見オリエ 声 - 稀代桜子

大江戸小学校
高木はるか
声 - 佐々木瑶子
イサミ達のクラスの担任。子供のように無邪気で天然な性格だが、実は瑠美乃一族の末裔で、くノ一として黒天狗党と戦い、イサミ達しんせん組をサポートする。アニメや特撮ものが好きなようで、部屋には雑誌やグッズが所狭しと並んでいる。くノ一の時は、グラマーな赤い忍装で露出度が多いハイレグレオタードのインナーコスチュームとなっている。以前、瑠美野流で修行していた魁のことを「お兄ちゃん」と呼んでいた。
清川マユコ
声 - 井上喜久子
イサミ達のクラスメイト。ポニーテールとリボンがトレードマーク。ソウシにお熱なため、何かと共に行動しているイサミやトシに度々ちょっかいをかけている、おませさん。イサミとはあらゆる意味で対極(本人はライバル視。嫌っているわけでは無いらしい)に位置する存在。
イズミ
声 - 渡辺久美子
イサミ達のクラスメイト。長い髪がトレードマークの静かな女の子。よくマユコと一緒にいる。霊感があらしく、何かと先々に起こるトラブルを予知することがある。マユコと同じく、ソウシに一途な様子。
貫太郎
声 - 高乃麗
イサミ達のクラスメイト。ぽっちゃりとした少年。大のUFOマニア。学園祭の際にはガラクタから作る、リサイクルロボの設計と製作を指示した。ゴールデン天狗や新撰組も宇宙人と思い込んだ。

黒天狗党
『ダッシュ』では、正義の軍団となっている。

黒天狗(芹沢鴨之丞<テン・グー星人セリ・カーモン>)
声 - 西川幾雄
黒天狗党の会長にして芹沢ジャパンの会長。世界征服を目論み、そのためにルミノタイトを狙っている。イサミの祖父、観柳斉とは良きライバルとして長年張り合い続けている。一方でイサミの事は、まるで本当の孫のように可愛がっている。実は200年前地球に不時着した宇宙人でルミノタイトも彼等が所持していたもの(龍の剣と同形状の武器も所有する)。故郷の星に対する望郷の念から、宇宙船新造の願いを抱き続け、そのための財力と人力を欲するが故に世界征服を目論んでいた、というのが実情である。ルミノタイトの力で若返りを繰り返しており、終盤は中年の男性になっている。
漫画版では本来の目的である宇宙船新造が叶うも地球を離脱計画の直前で、実は母星帰還反対派のリーダーだった銀天狗によるクーデターが勃発。黒天狗党を追われて、しんせん組に助けられ「望郷のためとはいえ、自らが力に任せて弱き者を踏みつけにしようとし、また自らの可愛がってきた子どもたち(四天王のうち鎧天狗、銀天狗、ゴールデン天狗の3名)にもそれを当然の事と教え続けてきた」という自らのしでかしてきた過ちを深く悔いた。そして、しんせん組と銀天狗との戦いの後、事情を慮ったイサミたちの願いにより、龍の武器から取り出され花丘博士によって精製されたルミノタイト100によって無事に遠き星への帰途に着いた。
名前の由来は芹沢鴨、ちなみに彼は元水戸天狗党。
南蛮天狗(芹沢鴨之丞の秘書)カルタ 掛川裕彦・カステラ
芹沢会長の秘書であり、黒天狗党の№2的存在。ルミノタイトの力を吸収する力を持つ。その正体は黒天狗のペットであり宇宙船の整備士だった白い犬である。

黒天狗四天王
鎧天狗(芹沢ルリ子、18?)
声 - 梅津秀行/堀越真己
鎧に身を包んでおり、武術(主に剣と槍)を使用して戦う。からくり天狗といがみ合うことが多い。実はその正体は鴨之丞の孫・ルリ子である(但しルリ子の親は鴨之丞の養子のため、実の孫ではない。なお劇中で正体が判明したのが一番遅い。)。ルリ子本人は若い女性(大学生)だが、鎧天狗はなぜか男性の声で古風なしゃべり方をしている。鎧天狗の格好をしているときはルリ子と呼ばれることを嫌う。数馬に言い寄られた際、軟弱・へらへらした男は嫌いだとはねつけているが、健(銀天狗)のアプローチには反発しつつもまんざらでもない様子。また、ソウシに言い寄られたときは顔を真っ赤にして動揺したことからショタコンの気もあるようである。
からくり天狗(東上別府鷹丸、12?47)
声 - 津田英三
その名のとおり、体中にからくりを仕込んでいる。ドリルモグラ、ロコモービル等、主に黒天狗党内でのメカニック系の開発を担当している。甥の菊丸を自らの生命と断言し男手一つで育てている。菊丸のために世界征服を自らの野望としており、そのためには卑怯な手も辞さなかった。そのため終盤、黒天狗の目的を知り幻滅。ゴールデン天狗と共にクーデターを起こすが失敗、黒天狗党を抜けて新撰組に最後の勝負を挑んだ。表の顔は芹沢電工代表取締役。
漫画版では、130年前に新撰組と闘い、海底に沈んでいた人造人間(最強のからくり兵器)。からくりであるが故に、造物主である黒天狗に対して絶対の忠誠を誓う。が、一度しんせん組の『龍の剣』にやられてからは、ただのからくりとしてではなく、何らかの情が生まれたようで、黒天狗の行っていることに疑問を呈する場面も見られるようになる。銀天狗によるクーデターが発覚したときには最後まで黒天狗に忠誠を誓い、そのために銀天狗に破壊されるも最後の力を振り絞ってイサミたちに助けを求めた。
銀天狗(田能久健、18?)
声 - 小野健一
四天王のリーダー格で、銀の仮面を被った男性。邪道な悪を許さない正しき悪を進む人。電光流という武術(?)を習得しており、光弾を放つといった奇怪な攻撃が出来る。仮面の下は美形。さわやかな物腰で、「まいったな?」が口癖。ノリが良く、党集会の司会なども請け負っているようだ。がんばった部下は給料アップ、仕事の合間に差し入れを持って現場に現れるなど、部下への気遣いも細やかである。とっさの事態には「正義の味方」然とした行動をとってしまうらしく、しんせん組にも「銀天狗さんありがとう!」とお礼を言われてしまう。表の顔は芹沢重工社長で、(半ば冗談ではあるが)自称「ルリ子の婚約者」。
漫画版では4巻から登場。容姿そのままに様々な悪の陰謀を張り巡らせる悪の天才科学者として、しんせん組の前に立ちはだかり、たびたび主人公たちをピンチに陥れる。その悪どさはハンパではなく、最終的には根回しと陰謀を巡らせて四天王を率い、からくり天狗と黒天狗(=芹沢)を孤立させて追放し、黒天狗党を乗っ取りイサミたちの最大の敵として立ちはだかるなど、アニメとは性格が180度回転 し、今作最大の悪党として大変貌を遂げている。なお『ダッシュ』ではイサミたちに敗れたことから改心し、アニメ版と同じ性格となっている。鴨之丞が遠き星に離れた後の黒天狗党および芹沢ジャパンを率い、イサミたちの力となるべく暗躍している。
ゴールデン天狗(印堂陽、18?48)
声 - 稲葉実
顔が金色で笑った顔をした天狗のお面をつけている。レーザー兵器、宇宙船、バイオケミカル、特殊なイースト菌等、からくり天狗とはまた違った、科学分野の研究、開発を担当。ズボンのゴムが緩く、ベルトも締めないので、しょっちゅうパンツを見せてしまうのが悩みの種だが、その理由は「ベルトを締める時は本気を出す時」だから。幻術などを得意とする。マジックの腕と物忘れの激しさは天下一品。終盤、からくり天狗同様、クーデター失敗の後黒天狗党を抜けて新撰組に挑んだ。表の顔は芹沢運輸社長。
エレキ天狗(平賀源兵衛)
漫画版の4巻に登場する130年前の黒天狗四天王。平賀源内の孫で、洗脳され協力していた。
黒天狗裏四天王
1995年8月16日に放送された『イサミ ファンクラブ』に登場する。影のみの登場でどのようなキャラクターなのかは不明。佐藤竜雄監督は「影となって芹沢会長を助けている。明らかになるのは後々。」と言っていて、『飛べ!イサミ メモリアル』の特別読切にその活躍が描かれた。
宇宙天狗
かぶりもの天狗
密林天狗
料理天狗
シェード ロコシ ネオクラ アマウ シブル トラジャ リーデ トーンダ フラット ジャス とうおん スウェット フラッシュ シェル オイデ チッタ ブーティ アサガオ なるこ オクナ ミックス るりこん スミド ベリドット のえいう セジュ カズラ ソフト アンチーク リジン リンネ ビリヤ モノリス ビオラ ダメージ ライアド ピアサ ドーナ てんめん ヌンチャ イザヤ タービン リーチ しょうたく プレー グザグ グルス 三番目 花かんざし リッジ

カラス天狗
7号(鳥丸ヒロ子)
声 - 渡辺久美子
序盤では非道な性格描写がされている。初出の第9話『しのびよる影』のみ担当声優がくればやしたくみ。物語中盤において、新撰組、花丘博士の件の度重なる失敗により、カラス天狗77号、加えて掃除のおばちゃんに降格し、この頃からギャグキャラに転身。しかし終盤では、黒天狗自身の計らいにより見事7号に復帰、その際からコスチュームが銀天狗からプレゼントされた白い忍装に変わった。銀天狗のことが好きで「銀さま」と慕っているが、クモ男となんだかいい雰囲気になったこともある。
50号(教頭)
声 - 茶風林
正体はイサミ達の通う小学校の教頭。学校でのイサミの監視にあたる。メガホンを持っていることが多い。若い頃は映画青年だったらしく、それが元で黒天狗党の「宇宙船兵器」のPV監督に抜擢された。自身のかつての教え子たちも黒天狗党にカラス天狗として、かなりの人数が所属おり(カラス天狗大江戸小学校同窓会)、PV製作の際には「恩師のピンチを見捨てはおけない」と駆けつけていた。また、銀天狗とは旧知の仲らしく、彼を「ぼっちゃん」(銀天狗は50号を「先生」)と呼ぶ。
59号(平助)
声 - 亀山助清
重助と共に花丘家監視の任務についている。中盤からは黒天狗四天王の指令を受け様々な任務をこなす。しかし、イサミ達にやられたり成功しても報酬をはぐらかされたりで下っ端見習いのままである。抜け目がないようでかなり間抜け。
63号(重助)
声 - 桜井敏治
平助を兄貴と慕い共に任務についている。子供の頃から特撮ヒーローが大好きで、今も小学生達のようにガンバマンのファンである。

関係者
クモ男(5、15,39)
声 - 家中宏
イサミたちと3度戦うことになる怪盗。黒天狗党に属してはいない(密かに黒天狗の命を受けることもある)が、カラス天狗7号たちと協力する。服の下は筋肉隆々の肉体を持っている。
東上別府菊丸
声 - こおろぎさとみ
天才だが、ひねくれ者のいたずらっ子。根は素直な性格で自分を叱ったイサミに好意を持っている。眼鏡を外すと美少年。
からくり天狗の甥にあたるが設定の差異により、アニメのみの登場。

ニイハオ姉妹(シスターズ)
花丘博士を追って黒天狗党香港支部からやってきた3人の姉妹。彼女らに負けたことが、後半のしんせん組の変身へつながる。しんせん組の正体を暴くところまで行くが、からくり天狗の卑怯さに幻滅し黒天狗党を裏切る。ちなみにニイハオ姉妹の呼称は各メディアなどによる番組紹介で用いられたものの、物語中で直接用いられることはなかった。『ダッシュ』では、海外で白狐団と戦っている描写で1コマのみ登場。

ジャスミン
声 - 水谷優子
長女。胸元の大きく開いたチャイナドレスがトレードマーク。戦闘能力は非常に高く、変身前のしんせん組を打ち負かした最初の存在であり、黒天狗党内部では初めて彼らの正体を暴いた人物である。ナルシストで、暇さえあれば鏡で自分の顔を見ている。
タピオカ
声 - KAKO
次女。拳法を中心としたその肉弾戦のスキルは、カラス天狗はおろか花丘博士とも渡り合う。
声を演じたKAKOは、初期エンディングを担当したSEEKのボーカル。
ライチ
声 - 稀代桜子
三女。鈴を用いた幻術を得意とするが、肉弾戦も出来ないわけではない。様々な人から慕われているイサミへの妬ましさから一人で先走って勝負を申し込むが、ジャスミンに諭されてからは純粋にライバルとしての勝負を望むようになった。漢字が苦手。

白狐団
『飛べ!イサミ ダッシュ』に登場。神の名を騙ることが多い。
野火
ニセフージン
ニセライジン
ニセヘルキス
ギリシャ神話のヘルキスをモチーフにしたキャラクター。
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

組織
黒天狗党
黒天狗を頂点とする世界征服をたくらむす悪の組織。黒天狗党の本部は芹沢ジャパンビルの地下深くにある。また香港など海外にも支部があるらしい。
芹沢グループ
芹沢鴨乃条が会長を務める巨大財閥。グループ内に黒天狗党の幹部が多数在籍しているが、黒天狗党の存在はグループ内でも秘匿されている。関連企業として、からくり天狗が社長を務める芹沢電機工業、ゴールデン天狗が社長を務める芹沢物産などがある。
新撰組発明係
新撰組本隊とは別に現大江戸市を中心に黒天狗党と戦っていた、イサミ・トシ・ソウシの先祖である花丘一作・月影十郎・雪見千助が所属していた部隊。発明係とはこの三人が発明好きのため勝手に名乗っていただけである。
瑠美乃一族
ルミノタイトを黒天狗党から守る事を宿命とする忍者。代々に渡って黒天狗党と戦ってきた。現頭領はイサミ達の担任でもある高木はるか。

2009年02月08日

ポピュリズム (Populism)

ポピュリズム (Populism) は、政治学概念の1つであり、政治過程において有権者の政治的選好が直接的に反映されるべきだとする志向を指す。エリート主義(elitism)に対する対概念である。代表的事象としては、19世紀末?20世紀初頭のアメリカにおける革新主義運動が挙げられる。なお、この学術用語が転じて、マスコミにおいては「衆愚政治」という意味で用いられることもあるが、その場合の「ポピュリズム」の定義は曖昧であり、単に支持率の高い政権を「ポピュリズム」と表現することもある。
オシロイ ガゼル ラッコ メント ハイジ 坊っちゃん 情報ロー リウム チェック ロビー のりくら サジー ブラスリ ヒーメン サルタ ビエン ルール ユーレ マドロス ビスチェ シャング クノッソス セルモーター バルセロナ ワードパワ リセッショ ギター ヒアリ アーユル 四季の月 ハウス シーズンズ ソング ソグド ファム 歌姫情報 ケロイ ギガス カップル ナビラム ナタデ トライ タキオ コップ すなごけ パフューマー スポンジ プレビ セレク ネフレ

ポピュリストは、既存の政治エリート外から現れることが多い。選挙戦においては、大衆迎合的なスローガンを掲げ、政党、労組等の既存の組織を利用せず大衆運動の形を採る。ここでは、しばしばマスコミを通じた大がかりな選挙キャンペーンが打たれる。

ひとたび政権に就くと、ポピュリストはいわゆる既得権益への攻撃(民営化、大企業の解体、規制緩和、減税、外国資本の排除、資産家に対する所得税率の上昇、反エリート・官僚キャンペーンなど)を行う。

特にポピュリスト政治家は「仮想の敵」を作り、または実際に対立関係にある人物や団体に対して、これらを自らの下に置いたマスコミを通して「敵と戦っている」演出を出すこともある。

ウゴ・チャベスと資本主義、アメリカ合衆国(特にジョージ・W・ブッシュ)
ジョージ・W・ブッシュとアルカイダ、タリバン(=テロとの戦い)
小泉純一郎と官僚、「郵政族」議員、「抵抗勢力」
石原慎太郎と所謂特定アジア、(石原にとって目障りな)市民団体
橋下徹と大阪府職員組合(自治労)、日教組、中央省庁の官僚(特に文部科学省)
特に、日本におけるポピュリストは特に「公務員」「官僚」バッシングを容認する傾向にあり、やはり自らを支持するマスコミを使って公務員・官僚バッシングを推し進めているのである。

経済政策に関しては、近年は南米の諸政権の様に財政肥大化を伴う労働者層への政治的・経済的厚遇(平均賃金の上昇、年金政策の強化、医療・福祉の充実など)を行うなど、左派的な側面の強い政策を行うものが代表的なものとして知られる。

ポピュリスト政治家は、一般大衆との近さを装うために、従来の政治過程や官僚制度をバイパスした政策を実行する。このため、しばしば国民投票が多用される。

その一方で、対外・治安面では強硬な姿勢を取る場合が多く、ナショナリズムや大衆文化を鼓舞したり、民兵組織を編成する事もある。エリート的な民主主義を否定し、限定的に労働者を労働組合などを介して政治に参加させるなど、いわゆるコーポラティズム的な政治手法、すなわちイタリア型ファシズムと似た側面を持つこともある。

ラテン・アメリカのポプリスモ
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ラテン・アメリカにおけるポピュリズムはポプリスモ(スペイン語:Populismo)として独特の歴史と特徴が挙げられる。

en:Populism#Latin_Americaも参照

家父長的(パターナリズム)、カウディージョ的
軍人出身(アルゼンチン、ボリビアなど)、もしくは新興実業家出身(ブラジルなど)、学者出身(ペルーなど)
支持階層はかつて中産階級階層が主体であったが、近年は先住民や貧困階層により支持されるケースが目立つ。アルゼンチンのペロン政権(主として都市労働者)や、ブラジルのヴァルガス政権(都市中間層主体)、ペルーのベラスコ政権(軍人主体で明確な支持層なし)、ベネズエラのチャベス政権(主として貧困階層)が典型例。
カトリック教会、大地主などの本来の保守層やアメリカなどを中心とした外国資本は反発。また、逆の立場である共産党もポピュリズムには否定的。
極度に左傾化する例もあるが、反対に左翼勢力を徹底して弾圧する例もある。
社会正義を掲げるが、体制以外の労働組合や、左翼勢力は弾圧される。
国家主義的色彩を帯びており、ナショナリズムの称揚のために外国語教育や外国語新聞の発行禁止などを行う(ブラジルのヴァルガス政権における日系ブラジル人への政策など)。
議会制民主主義には消極的(一党独裁制に転換など)、もしくは否定的。非常手段による「協同組合」制議会への改造なども行なう。
イタリアのムッソリーニ政権に強い影響を受ける。ただしこうした性格は1930年代の権威主義的軍事政権にも共通した性格でもあり(グアテマラのホルヘ・ウビコなど)、第二次世界大戦において中南米諸国は、外交・軍事面では中立を保ったり、連合国側についた。

ポピュリズムの具体例
ポピュリズム(人民主義):狭義には19世紀末?20世紀初頭のアメリカにおけるアメリカ人民党・民主党指導による大衆運動をいう。指導者はウィリアム・ジェニングス・ブライアンなど。ポピュリズムのエネルギーによって大企業の独占に対する規制(反トラスト法など)や平等や公正を志向する政策が実現された。
マッカーシズム:1950年代前半の米国において吹き荒れた、いわゆる「赤狩り」。
アルゼンチン:ペロン政権(ペロニスモ)、より新しいものではラウル・アルフォンシン政権(急進党)、ネストル・キルチネル政権(正義党)
ブラジル:ヴァルガス政権
ボリビア:パス・エステンソロ政権
ベネズエラ:チャベス政権
ペルー:アラン・ガルシア政権

ポピュリズムの要素を持つとされる政権・政党・人物など
メキシコ:制度的革命党(ラサロ・カルデナス)
キューバ:カストロ政権 - ポピュリズム的政権から社会主義体制に移行
ボリビア:モラレス政権
ペルー:フジモリ政権
ベラルーシ:ルカシェンコ政権
アメリカ合衆国:ビル・クリントン政権、バラク・オバマ政権
日本:小泉純一郎政権、美濃部亮吉・石原慎太郎東京都知事、田中康夫長野県知事、橋下徹大阪府知事
韓国:盧武鉉政権
ロシア:プーチン政権
タイ:タクシン政権
イラン:アフマディネジャド政権

ポピュリズムの要素を一部に持つが、比較的薄い政権
ミャンマー(ビルマ):ネ・ウィン政権(いわゆる「ビルマ式社会主義」)- 政権の基盤は軍部であり、ポピュリズムよりも反共主義・民族社会主義の色彩が強かった。
カンボジア:シアヌーク政権(1950年 - 1970年)時代における「王制(仏教)社会主義」体制

2009年01月23日

ファイヤーフォックス (映画)

ファイヤーフォックスは、クレイグ・トーマス原作の小説および、それを元に1982年に製作されたアメリカ映画。作中に同名の戦闘機が登場する。クレイグ・トーマスは、1976年のベレンコ中尉亡命事件にヒントを得て、この小説を一気に書き上げた。 なお小説の邦題は『ファイアフォックス』である。

ソビエト連邦(ソ連)が、完璧なステルス性能を持ち、マッハ5で飛行でき、スイッチや操縦桿やボタンによらずパイロットが思考するだけで各種ミサイルや機関砲を制御できるという、それまでの戦闘機を凌駕する高性能な新型戦闘機「MiG-31 ファイヤーフォックス」(なお現実のMiG-31 フォックスハウンドとは無関係)を開発したとの情報がNATOにもたらされる。

これにショックを受け、軍事バランスが崩れることを恐れたNATO各国は対抗する戦闘機の開発を検討するが間に合いそうもない。そのため、その技術を機体もろとも盗み出すことを決定し、ロシア語をネイティブで話し、考えることができる元米空軍パイロット、ミッチェル・ガントに白羽の矢を立てたのであった。

ソ連内のスパイと協力してファイヤーフォックスを盗み出すまでのサスペンス風のスパイ映画の前半部と、特撮を駆使した空戦アクション映画の後半部からなり、特に北極海の氷原を滑走路代わりに潜水艦から給油を受けるシーンや、追ってきたファイヤーフォックス2号機とのドッグファイトシーンは迫力があり、その中の台詞「ロシア語で考えろ」は、後々まで語り草となっている。

映画
小説と映画では、若干、ストーリーが変更されている。

小説では、ベトナム戦争でのPTSDに悩まされるミッチェル・ガント、ソ連への潜入工作とそれを追い詰める刑事など、ドッグファイト以外のスパイ小説さながらの息詰る描写、心理にかなりの頁を割いていた。映画では、心理描写は大幅に簡略化されるとともに、ファイヤーフォックス搭乗後の活劇シーンに脚光が当てられ活動的な映画となった。

さらに小説では、ミッチェル・ガントはファイヤーフォックス秘密基地に潜入の際、ファイヤーフォックスのエースパイロットを殺害しており、ファイヤーフォックス2号機とのドッグファイトはリザーブパイロットとの戦いとなり、お互いに機体に不慣れな状態で戦う心理を巧みに描いている。

一方、映画では、クリント・イーストウッド扮するミッチェル・ガントはエースパイロットを殺害せずロッカーに閉じ込めるに止めている。その後のエースパイロットが操るファイヤーフォックス2号機とのドッグファイトにおいてファイヤーフォックスが失速した時、ファイヤーフォックス2号機に決定的な撃墜のチャンスがあったのにも拘らず攻撃せずに失速回復を待ち、再びドッグファイトを挑んでいる。

監督でもあるクリント・イーストウッドは、彼の往年の西部劇とも共通するフェア精神も込め、痛快な冒険活劇に仕上げた。

また、映画ではミッチェル・ガントとソ連兵士との会話はロシア語で行われており、クリント・イーストウッドのロシア語も見所のひとつである。ただし、直後のコンタルスキーとの会話や、ソ連人同士の会話は全て英語で行われている。ちなみに、この部分に英語字幕はなく、コンタルスキーへの説明で内容がわかるようになっている。

スタッフ
製作・監督 :クリント・イーストウッド
原作:クレイグ・トーマス
脚色:アレックス・ラスカー、ウェンデル・ウェルマン
撮影:ブルース・サーティーズ
音楽:モーリス・ジャール
提供:ワーナー・ブラザーズ、マルパソカンパニー

キャスト
役名 俳優 日本語版1 日本語版2
ミッチェル・ガント クリント・イーストウッド 山田康雄 山田康雄
ケニス・オーブリー フレディ・ジョーンズ 富田耕生 宮川洋一
ブッフホルツ デイヴィッド・ハフマン
パヴェル・ウペンスコイ ウォーレン・クラーク 内海賢二 麦人
セメロフスキー ロナルド・レイシー 城山堅
コンタルスキー ケニス・コリー 小関一
ウラディミロフ クラウス・ロウシュ 加藤精三 田中信夫
バラノビッチ ナイジェル・ホーソーン 徳丸完
書記長 ステファン・シュナーベル 藤本譲
ナタリア ディミトラ・アーリス 火野カチコ
クツゾフ アラン・ティルヴァーン 今西正男

日本語版1:初回放送1985年 テレビ朝日『日曜洋画劇場』
翻訳:宇津木道子、演出:水本完、調整:山田太平
日本語版2:初回放送1990年3月28日TBS『水曜ロードショー』
翻訳:木原たけし、演出:蕨南勝之 、調整:小野敦志
吹き替え版の場合、音楽を変更している。特に最後ではオリジナルでは2号機撃墜後静かな曲が流れる(その後、出演者のテロップと共にメインテーマが流れる)この点を吹き替え版では撃墜直後、爆発確認後に明るいメインテーマが流れる。護衛艦のミサイルからの回避、ミサイル撃墜シーンでは明らかに曲がより大きく流れている。また、85年のTV放映版では、1号機と2号機の空戦シーンに映画『ブルーサンダー』の劇伴が流用・追加されていた。
浜千鳥 トーイング オープ ロースト キャリア サード ハワイ国内 ウィフト センシー パック クガイソウ ナイフ 蒼い時刻 ソムリ フレキシ ダーク チリパ ムクゲ ファイヤー フット スピロ フライ アイス ダビング 恋のもだえ マカルー ヒナゲシ かご ロード ヤツデ いまどき いかだし マラヤ ウルナビ プレーヤー パーテ ダイアル ガイドつげ マッチ ジハード スタック ソーダ ビーナス キンシャ トクルフト パテントレ フェオ うみう ジクス フェニキア

ソフトについて
これまでにリリースされたものとしては、レンタル・販売用VHS盤、廉価版VHS盤及びDVD盤が約125分で、LD盤のみ約137分となっている。

この125分版はアメリカのケーブルテレビでの放送用にイーストウッド自身が公開後に再編集したものだが、その後のアメリカでの販売ソフトではメディアを問わず全て137分版が使用されている(日本での劇場公開はオリジナルの137分版だった)。

これらの中で、ほぼオリジナル通りの(と思われる)137分ノートリミング版は1996年に2度目にリリースされたLD盤だけで、その後リリースされたDVD盤はノートリミングであるものの125分である(中国語、タイ語、インドネシア語などを含む8ヶ国語の字幕スーパー、約30分のドキュメント映像つき。わずかだがクレイグ・トーマスのコメントもある)。レンタルソフト店舗に置かれているDVDは、このバージョンのようだ。

125分版でカットされている主なシーンは、

ガントの訓練シーン(数分間に渡る大幅カット)
モスクワ警察のトルティエフ警部による捜査場面の幾つか
ビリアルスクに向かう途中、検問所を出た直後のウペンスコイとの会話
バラノヴィッチ博士の心情の吐露
奪取された直後、アンドロポフ議長とクツーゾフ空軍元帥が責任のなすりあいをして、書記長が止めに入るシーン
 であるが、2についてはテレビでの放映では逆にカットされていないことも多かった。また、カットされていなければ、1で、ガントが作戦の概要を全て明かされていないことに最初から不安を感じていたことや、3によって、とっつきにくい男ウペンスコイのガントへの気遣いがわかるようになっていた。

続編
原作小説においては、その後ソ連領空を脱出したファイヤーフォックスが前作ラストのドッグファイト中の損傷から燃料漏れを起こし、そして燃料切れとなりフィンランドの湖に不時着した後の脱出行を描く『ファイアフォックス・ダウン』、『ウィンターホーク』、『ディファレント・ウォー』が作られ「ミッチェル・ガント4部作」と呼ばれるが、映画化されることはなかった。

豆知識
原作のみについて言えば、4年前にベレンコ中尉が亡命した、という下りがあり、また続編での記述などから、物語の時間軸は1980年の3月下旬か4月初旬で、本編及び『ダウン』も含めて1週間程度の期間だったと推測できる。また、機体はアメリカで分解されたと『ディファレント・ウォー』にわずかに言及されている。
映画の中で、氷原にファイヤーフォックス1号機が着陸したのではないかと偵察に現れるヘリコプターは、ソ連海軍では使われていなかったミルMi-24ハインドのA型とおぼしき機体であるが、コックピットのアップシーンに使われているのは、ロイ・シャイダー主演の映画『ブルーサンダー』の主役ヘリコプターザ・スペシャルである。これはテレビやレンタルでのトリミングされた画面ではわからないが、1996年リリースのLD盤や近年リリースされたDVD盤などのノートリミング画面で、キャノピー後方に突き出たエアインテイク状の部分がはっきりと映っていることでわかる。
劇中、ファイヤーフォックス1号機がミサイル巡洋艦から発射されたミサイルの撃墜や2号機を撃墜する際に機体後部から発射したものはミサイルではなく、対ミサイル妨害装置のフレアである。しかしながら実際にガント扮するイーストウッド自身は劇中終盤、「rearward missile」=「後部ミサイル」と呼んでおり、字幕、TV吹替共に「後部ミサイル」と訳されている。そのため、「なぜ1号機と2号機は後方につかれたときにすぐ使わなかったのか」という矛盾を生んでいる。劇中中盤、バラノビッチ博士は機体の装備の説明時、「rear defence pod」=「後部防御装置」と言っており、「炎の爆発によってミサイルを倒す」と英語では説明している(日本語字幕ではここもミサイルとしてしまっている)。2号機が撃墜されたのは後方につかれて絶体絶命となったガントが苦し紛れに放った1号機のフレアを誤ってエアインテークに吸い込んでしまったからであり、原作において詳しい説明(特に続編である『ファイアフォックス・ダウン』に)がなされている。
実物大セットとコックピット撮影セットとでは座席の形が違う。与圧服の設定まで再現しているが、どちらもシートベルトがない。
作中のKGB議長ユーリ・アンドロポフは映画の日本公開時には既に共産党書記長になっていた。就任後間もない書記長の知名度は高かったらしく、アンドロポフが名指しで叱責されると客席に笑いが起こった。
LDゲーム化もされ、テレビゲームの老舗・重鎮であるアタリとしては珍しく、業界最後発組で登場している(アタリショックの影響による遅れもある)。LDゲームとしては人気が高かったが、日本ではLDゲーム自体は短命に終わった。詳細は「レーザーディスクゲーム」を参照。
ネットで検索をすると、この映画やMiG-31そのものについてなどのホームページや有志による紹介記事、模型等の販売に辿り着き、今もなお熱烈なファンに支持されていることが窺える。また、海外のサイトを丹念に検索すれば、ファンが入手したらしい映画製作時の写真なども見つけることができる。

2009年01月16日

清盛の死後、嫡男の重盛はすでに病死し


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清盛の死後、嫡男の重盛はすでに病死し、次男の基盛も早世していたため、平氏の棟梁の座は三男の宗盛が継いだが、凡庸な宗盛は清盛のような器量もなく、全国各地で相次ぐ反乱に対処できず、後白河法皇の奇謀に翻弄され院政勢力も勢力を盛り返すなど、平氏は次第に追いつめられていった。しかも折からの飢饉(養和の大飢饉)という悪条件なども重なって、寿永2年(1183年)、倶利伽羅峠の戦いで平氏軍が壊滅した後、源義仲の攻勢の前に成す術無く都落ちする。そして元暦2年(1185年)の壇ノ浦の戦いに敗れて平氏は滅亡した。

『平家物語』における悪虐、非道、非情の描写から、平清盛は古来成り上がり者の暴君、という評価が定着していたが、一方で実際の清盛の人物像は温厚で情け深いものだったともいわれている。『十訓抄』7-27には、若い頃の清盛について「人がとんでもない不都合な振る舞いをしても、冗談と思うことにした」「やったことがちっともおかしくなくても、相手への労わりとしてにこやかに笑い、とんでもない誤りをしても、役立たずと声を荒げることはない」「冬の寒い時に身辺に奉仕する幼い従者を自分の衣の裾の方に寝かせ、彼らが朝寝坊をしていたらそっと床から抜け出して存分に寝かせてやった」「最下層の召使いでも、彼の家族や知り合いの見ている前では一人前の人物として扱ったので、その者は大変な面目と感じて心から喜んだ」という逸話が記されている。

清盛の非道を示す有名なエピソードである「殿下乗合事件」は、清盛が松殿基房に報復したというのは平家物語のフィクションであって、実際には非道な報復を行ったのは重盛であり、『玉葉』や『百錬抄』の記述によれば清盛はむしろ基房に謝罪的な行為を示したと言われる。事件の背後には平氏と摂関家の強い反目があったと考えられる。

また平治の乱前後の清盛について『愚管抄』に「ヨクヨク謹ミテ、イミジク計ラヒテ、彼方此方シケル」とあり、如才なく諸方に気を配る人物であり、複雑な院政期の政界を生き抜く処世術を持っていた。しかし大きな権力を持つようになり、それを維持するために院・摂関家・寺社勢力と対立していく過程で強引な手段に出るようになり、評判も悪くなったのである。『源平盛衰記』では僧侶の祈祷によって雨を降らせた事を偶然に過ぎないと一蹴したり、経が島では清盛が人柱を廃止したという伝説があるなど、迷信に囚われない開明的な考え方の逸話も見られる。また、政治的には日宋貿易に見られるような財政基盤の開拓、経が島築造に見られるような公共事業の推進など、時代の矛盾に行き詰まりつつあった貴族政治に新生面を切り開いた優れた政治家であった。

軍記物の影響から政治上手の戦下手の印象もあるが、実際には平治の乱で複数の部隊を連携させた戦術で源義朝を打ち破っているばかりか、御所や市街地の被害も最低限に抑えることに成功しており、「洗練された戦法(評:元木泰雄)」を得意とする優秀な指揮官である。

また、京都でも大きな勢力をもつようになっていた仏教勢力の抑制に努めた人物でもある。皇位継承問題に干渉した興福寺と園城寺に総攻撃をかけたことは当時は評判が悪かったものの、強大な武力をもつ宗教勢力が皇位継承のような重大な政治問題に関わることを止めた意義は無視できない。皮肉なことにこの政策は敵である鎌倉幕府に僧兵を擁しない禅宗や念仏宗の保護といった穏健化した形で受け継がれていく。

年表(官歴)
和暦 西暦 月日
(旧暦) 内容 出典
元永元 1118年 生誕
大治4 1129年 1月6日 従五位下。1月24日、左兵衛佐。 公卿補任
大治6 1131年 1月5日 従五位上 公卿補任
長承4 1135年 1月5日 正五位下。8月21日、従四位下。 公卿補任
保延2 1136年 4月7日 中務大輔 公卿補任
保延3 1137年 1月30日 肥後守兼任 公卿補任
保延6 1140年 11月14日 従四位上 公卿補任
久安2 1146年 2月1日 正四位下。2月2日、安芸守兼任。肥後守任替。 公卿補任
保元元 1156年 7月6?11日 保元の乱 公卿補任
7月11日 播磨守 公卿補任
保元3 1158年 8月10日 大宰大弐 公卿補任
平治元 1159年 12月9?26日 平治の乱
永暦元 1160年 6月20日 正三位。8月11日、参議。大宰大弐如元。9月2日、右衛門督兼任。12月30日、大宰大弐辞任。 公卿補任
永暦2 1161年 1月23日 検非違使別当兼職。近江権守兼任。9月13日、権中納言。検非違使別当・右衛門督如元。 公卿補任
応保2 1162年 1月9日 検非違使別当・右衛門督両官職辞任。閏2月9日、検非違使別当・右衛門督兼職。4月7日、皇太后宮権大夫兼任。8月20日、従二位。9月、検非違使別当・右衛門督両官職辞任。 公卿補任
長寛3 1165年 1月23日 兵部卿兼任。8月17日、権大納言。兵部卿・皇太后権大夫如元。 公卿補任
永万2 1166年 6月6日 正二位。10月1日、春宮大夫兼任。兵部卿・皇太后宮権大夫両官止む。11月11日、内大臣。 公卿補任
仁安2 1167年 2月11日 従一位太政大臣。5月17日、太政大臣辞任。 公卿補任
仁安3 1168年 2月11日 出家 公卿補任
承安元 1171年 娘徳子入内
治承元 1177年 鹿ケ谷の陰謀
治承3 1179年 後白河法皇幽閉
治承4年 1180年 4月22日 安徳天皇即位
4月 以仁王が平氏追討の令旨を発する 吾妻鏡
8月17日 源頼朝挙兵 吾妻鏡
養和元 1181年 閏2月4日 薨去 玉葉